お問合せ・資料請求

住まい手・つくり手の声interview

2021.09.02

暮らしの引き算 シンプルに、上質に

荒川家具|荒川 仁一

−飯田 荒川家具の店舗は、空間自体がシンプルで美しい。荒川さんのアイデンティティという感じですね。

−荒川 ありがとうございます。簡素だけど品がある。そういうものが好きなんです。家具も機能性と美しさを兼ね備えているものしか扱いたくない。見た目だけで、使いづらいものは嫌なんですよね。家具屋という仕事柄、住宅を見ても細かいところに目がいくのですが、飯田さんの設計される家は、ディティールに1つひとつにすごくこだわっていますよね。幅木の厚みとか幅までその空間に合うものを考えているんですか?

−飯田 そうですね。でも私自身こだわっているつもりはなくて、好きなだけなんですよ。ひとつひとつ時間は相当かかってますけどね(笑)。例えば障子の格子にしても、空間をデザインしていく初期の段階で5パターンくらい考えてから、他の空間との兼ね合いで1つに絞ってるんです。

−荒川 すごいですね!取っ手の金物ひとつ見ても、ここまで作り込んでいるのか!と驚きました。

−飯田 無駄を省いていこうとすると、残すものの質にこだわり、手触りやラインを大切にしないとシンプルではなくてチープな空間になってしまう。

−荒川 とてもよくわかります。少し前に流行った、家具自体が主張をする時代が終わりステイタスとして飾っているだけの家具は求められなくなってきたんですよね。「使いやすくて美しい」機能美が求められる時代に戻ったという感覚です。やはり使いやすいとは言っても、材質がよくフォルムやラインが美しいものでないと、長くは愛されません。「神は細部に宿る」と言われますものね。飯田さんが手掛けられる造作家具は、例えば扉の手掛かりの部分の材質や、手触りにも気遣いが感じられたり、扉に塗装が施されていたり、表情がありますよね。

−飯田 シンプルで美しいものを好むという点で、私と荒川さんの価値観はよく似ていると思います。建築であれ、家具であれ、そのようなものこそ、素に戻れる場所である「家での暮らし」を受け止めるにふさわしい。常にお出かけしているような気分になる場所では心が休まりませんよね。

−荒川 確かに。家具は家の中で動線を作り、居場所を作るものですから、心休まるものでないといけませんよね。私自身、自宅のソファを4回変えて感じたこともあります。1つ目は安いもので、すぐにダメになってしまった。2つ目は、かっこいいのを置いてみたのですが、寝転ぶと痛かった。3つ目は一人掛けのソファを置いてみたのですが、いつも家族と取り合いになって、私が座るとパパずるいとか言われて…。最近、4つ目のソファとして座面が深くてふかふかしたものを入れたのですが、そこで私がゴロンと横になってテレビを見ていると、子供達が隣に座ってきて。その時なんだか幸せだな、と思ったんです。

−飯田 のろけですか?(笑)

−荒川 いえいえ、そういうつもりでは…。いい家、いい家具があるから家族が幸せになるわけではありませんが、逆に幸せじゃないと家や家具を買おうなんて思いませんよね。そしてその家族みんなが使うものが家具なんです。

−飯田 荒川さんはソファをきっかけとして、なんだかいいな、幸せだな、と感じられたわけですね。

−荒川 まあそんなところです(笑)

−飯田 こちらの家の住まい手さんも、この家に住み始めたことをきっかけに、庭いじりが趣味になったそうなんです。それって、元々そういう素質を持っていた方の暮らしが、この家を建てることをきっかけとして根付いたということだと思うんですよね。家や家具ってそういうきっかけを提供する役割もあると思います。それにこちらの住まい手さんは、家を建てることを経験してから、ものを簡単に買わなくなったと。

−荒川 当店でコーヒーテーブルを購入されるのに、1年以上吟味された上で決定されましたよ。

−飯田 例えばお茶を出してくださるこのグラス、コースター、トレイ、一つ一つすべて吟味して選び抜かれたものだということが伝わってくる。余計なものを足さず、丁寧に暮らすことを実践されています。私が設計した家の住まい手さんの多くがそうなんです。

−荒川 飯田さんは、お客様の家の壁に絵を飾らせないとか。

−飯田 いえいえ、そんなことはありませんよ(笑)。ただ、家の中のすべてのものに役割をもたせているので、絵を飾りたいならそれ用の壁が必要だ、とは思います。例えばこちら側の壁はフェルメールの画のような陰影を魅せるという役割を持っているから、そこに絵は飾ってほしくないんですよね。

−荒川 なるほど。ひとつひとつのディティールに意味があるんですね。

−飯田 はい。余計なものを引いていく分、残すものすべてに意識的でありたいと思っています。それでこそ住まう人の身の丈にあった最良な住まいと言えるのではないでしょうか。